| 闇の中で電話のベルが鳴った。 夢の中で二〜三度聞いた。少しずつ辺りの静寂の分だけ心臓を打った。東京の大学へ旅立って行った息子の顔が浮かんだ。とび起きです早く受話器をとった。 「ああ、季枝さん? 夜遅くごめんなさい」 悪びれた声ではない、姑の菊乃である。時計は十二時をまわっている。舌うちでもしたい気分だ。 「あなた、昨日いらした時私のバックお持ちにならなかったかしら、黒のオーストリッチの……」 季枝は思はずベットの上で正座した。 「なんですって? おかあさんのバックをどうして私が? ……それに、私、お伺いしたのは火曜日ですから、三日ですよ」 「私、明日ちよっと出かけますのにあのバックを持って行こうと思ったんですけれど、ないのよ、どこにも」 (佐藤瑜璃「セピア色の薔薇」)
冒頭から、持って行かれました。最後の一行まで、ほぼ完全試合に近い作品ではないだろうか。凄い人が同人に入って来たものだ。
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