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No.103 への▼返信フォームです。


▼ 真夜中は大人のレス(笑)   引用
  あんこう椿   ..2006/12/21(木) 04:09  No.103
 
 
◆みるさん

 今夜は眠れないので、BBSのレスを書きに来られました。

 みるさんのお仕事は、今は大部屋でしたっけ?
 IT企業の仕事場は、よく各机を衝立で仕切ってあったりしますけど、私の職場はどこも大部屋でしかも仕切りなし、来客カウンター近接なので、仕事中に「高密度な集中力」とか「純化されていくような集中」というのは、難しいですねぇ〜(隣のNさんとOさんは、一日中雑談しているし 笑)

 みるさんは、大学時代、体育会系だったんですね(実は初耳)
 でも、具体的なスポーツ名があがっていないところをみると、テニスとかのメジャーなものではない、という感じなのかしら?(笑)

>宗教的体験以外にも、今の恋愛はいろいろな期待を背負ってますしね。

 そうですね〜、自分の人生をある日突然、薔薇色に変えてくれる存在を求めているようなところがありますよね、一般的に、男も女も。

>まあ、最前線を退いた身としては過大な期待も持ちようがないので

 えっ、最前線を退いていたの?(ふふふ)今でも、現役バリバリだと思っていたんですけど(にまにま)

>稲妻に撃たれるような何か、なんてそうそう起こらない気が…
 だから憧れるんですけどねっ(笑)。

 「ユング心理学で読むトリスタン〜」の著者は、恋愛に期待を抱いたり、相手を理想化したり、ドキドキ胸を高鳴らせたりすることも、とても大事だし、人間にとっては必要なことだし、また人生のおおいなる喜びでもある、書いていました。
 だから、我々は天河みたいなマンガに惹かれるのでしょう。

 けれど、そういう情熱的な状態が落ち着いたとき、あるいは気持ちが冷めたとき「すべてが終わった」と考えるのは間違っている、そういう状態を迎えるのは、二人の間に、静かで落ち着いた友情に近い、持続的な新しい関係を形作るための、あらたな扉が開いたと考えるべきだと・・・

 しかし、あまりに恋愛に過大な期待を抱きすぎる現代人は、情熱が冷めた瞬間に、また新しい情熱の相手を探して、相手を取り替えるので、永遠にその段階から成長することが出来ず、一組の男女の持続的な関係の中で長い時間をかけて成熟していくこともできない。そして、結局は、トリスタンとイゾルデのように「死以外に自己を完結できなくなる」と。

 こう書くと、やはり難しいですねぇ〜(笑)

 みるさんのおっしゃる『盆栽』で例えてみるなら(←相変わらず面白い例え!)、恋愛中というのは、お互いを豪華絢爛に咲く薔薇の花だと勘違いしている状態ですよね?でも、100%の勘違いではない。相手に魅力を感じるから恋愛感情を抱くわけで、それは、相手に薔薇ほどでもなくても、何らかの「花」があるという訳です。
 
 ところが、一定期間を過ぎると、薔薇だと思っていたのが、桜だったり野菊だったり、小さな松だったりすることに気が付く訳ですが、このとき「なあんだ、薔薇じゃなかったのか、じゃあ、他の薔薇を探そう」というのは、結局、自分の問題を相手に貼付しているに過ぎず、自分という人間に正面きって向き合っていないので、相手をかえてもかえても結局は同じ事の繰り返しで、永遠に成長できない訳です。

 ここで、自己鍛錬を怠らない人間であれば、「美化メガネ」で相手を見ることをしなくなった瞬間に、「ありのままの相手」を「ありのままの姿」で愛していくことができるようになり、成熟の階段をまた一歩踏み出し、ドラマッチックではないかも知れないけれど、温かく静かで穏やかな愛情を交換できる間柄へと成長し、安心と信頼に満ちた生活(=盆栽)という幸福を手にすることができるようになる訳ですね。

 なんだか演説になっちゃって恐縮なんですけど、先日、ジョニー・ディップの映画『リバティーン』を見ながら、要するに現代人は「なあんだ、薔薇じゃなかったのか、じゃあ、他の薔薇を探そう」という段階から成長できずに、そのまま破滅にいたる人が多いのね、とつくづく思ったからでした。

 『盆栽』を育てられるようになるには、やはり責任感と地道さと根気、忍耐強さ、そして高度の道徳心や公共心が必要不可欠なんですけど、こういった美徳は現代では流行らないし、あまり評価されていないようなところがあるので、現代人は豊かだけど不幸な人が多いんだわ、とか(『リバティーン』のロチェスター伯爵は、こういった美徳に極めて挑戦的なキャラクター、)
 一方で、この美徳をよく知っており、実行している人達は、今の日本では確実に『勝ち組』に上昇している状況も確かだな、などとも思ったりしました。


 フラメンコ、この間、スペイン村に旅行に行ったときに観てきましたよ〜
 ううむ、スペイン人と日本人では体型に著しい違いがありますねぇ〜(笑)
 でも、フラメンコ教室、確かに、あちこちで耳にします。盛んなのね。

 『エラゴン』は、今度の土曜日、夫が仕事なので、子供たちを連れて観に行こうかなと思っています、でも、上の子がね
「え〜、それって面白いのぉぉ〜〜〜??」
と不満顔です。
 やっぱり、まだ8歳だと怖いのは苦手なのでね。さて、どうなるか?

 ヨンさま、長髪、似合っているんですけど、前髪があんなに長いと、オデコがちょっと・・・目立つというか・・・心配って感じじゃありません??(笑)

******

 さて、ここからは大人レスをちょっとだけ・・・(ふふふ)

 天河、もう何年も読み直していないんですけど、パロディや評論を書きながら味わいつくした感があるので、まあ、いいかと思いながら書くのですが、我々が天河のカイルに惹かれるのは、カイルが皇子・皇帝という高貴な血筋(=半分は神)で、カイルとの恋愛を通じて、普通の恋愛のほかに、『宗教的なまでに没我的な体験、高揚感』をも同時に疑似体験できるからかもね〜、なんて思ったりしていました(笑)

 ユーリちゃんは、カイル(しつこいようだが半分は神)との性愛関係を通じて、毎晩『宗教的なまでに没我的な体験、高揚感』(=『めくるめく快感』ともいう 笑)を与えられているように読めますからね〜(そう読めませんか?←聞いてどうする?笑)
 『ユング心理学で読むトリスタン〜」を読みながら、老いも若きも、女の子たちが『白馬に乗った王子様』に惹かれるのは、ここに理由があるのね、って思いましたわ。





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