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No.691 への▼返信フォームです。


▼ 凍土抄   引用
  あらや   ..2024/01/19(金) 09:12  No.691
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 汽車が止まると乗客たちがひとり残らず下車してしまった。寒寒とした材木くさい駅であった。駅員に訊いてみると、そこが終着駅で、あとは上りがひと列車あるだけ、下りは翌朝までないという話だった。わたしは下りで、もっと先の鉱山町までゆく予定だったから、行先をよく確めないで乗っていたわけだが、急ぐ旅でもなかったので旅館に一泊することにした。ところが、その旅館が一軒もなかったのである。途方に暮れているわたしをみて、駅員は、二里ほど先の村落に木賃宿があるからそこへいって泊めてもらったらどうかといい、そこへゆく道順を教えてくれた。
(大森光章「凍土抄」/「安産」)

降り立った駅は「京極駅」。もっと先の鉱山町が「脇方」。二里ほど先の木賃宿とは「沼田仁兵衛」がやっていた木賃宿。

大森光章氏を『このはずくの旅路』の作家と捉えると、そのスケールの大きさを見誤ってしまいます。大森氏の名誉のためにも、ライブラリーのバランスをとる意味でも、心に残った名作をいくつか紹介させていただきます。

 
▼ 王国   引用
  あらや   ..2024/01/19(金) 09:19  No.692
   保安員たちが川下の職員住宅地の一劃に移住してしまうと、険しい山峡の斜面に不気味な廃墟の静寂をたたえて階段状に立ちならんでいる七、八百戸の荒寥たる空家街に住んでいる人間は、かれひとりになった。夜になると、あわただしく立ち去っていった飼主に見捨てられたおびただしい犬や猫が、孤独と空腹をうったえてこの世のものとは思われないような悲痛な鳴き声を発した。
(大森光章「王国」)

初めて読んだ大森作品が『王国』だった。明日の朝、図書館に出勤したら誰彼かまわず「この舞台は脇方なんだぞ!」と吹聴してまわろうと興奮して夜も寝られなかった。この町に今住んでることが嬉しくて十年も経ってしまった。冬の雪は辛かったけれど、三月の陽光に、つい「もう一年だけ頑張ってみるか…」と思ってしまうんだよね。

 
▼ 星の岬   引用
  あらや   ..2024/01/23(火) 16:43  No.693
   「いつもあんなにおとなしいんですか」
 繁雄は宮寺に訊いてみた。
「眠っているのじゃ」と老人は答えた。「吹雪のつぐ日は、いつもああして昼間眠るんじゃよ。ほれ、あすこにもいるわな」
 指差された反対側の斜面に視線を投げると、岬のほとんど突端と思われる丘の日溜りにも、同じような馬が五、六頭、雪の中に集まっていた。
「小馬がいますね」 繁雄は一頭の小馬を発見して言った。「しかし、あの馬たちは、いまごろなにを食べているんでしょう?」
「いまは、すすきや笹を食っている」 宮寺が答えた。
「雪を掘って?」
「そうじゃ、二尺や三尺は平気で掘る。当歳駒は掘り方を知らんが、親馬の食い残しを拾い食いしているうちに、いつの間にか、自分の脚で掘ることを覚えていくんじゃ」
(大森光章「星の岬」)

いつも『王国』の強烈さの影になってあまり語られることのない『星の岬』だけど、今回作業の対象として〈読んで〉みると、じつに端正に書き込まれた逸品であることを再認識しましたね。星の岬の風景に生きて、作業がとても楽しかった。

 
▼ 名門   引用
  あらや   ..2024/01/27(土) 18:40  No.694
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 親方につれられて北海道に出発することがきまると、わたしは、それまでいちども経験したことのない異常な興奮が、一日になんどもくりかえして自分に襲いかかるのをとめることができなかった。
 終日小舟にのって激浪にゆられているような、沈むとも昇るともはっきりしない太陽が、いつまでも頭上をうごこうとしないような、おちつかない毎日だった。四十年も馬丁をしている松下老人は、そんなわたしをながめて「初めて女にほれたときは、だれだってそんなもんだ」と無愛想にからかった。わたしには老人のことばの意味が理解できなかった。それはとりようによっては、わたしの心情をくんでの、ひそかな激励と祝福のこもった慈愛のことばともとれたが、べつな見方をすれば、まだみぬミハルの幻影にまどわされておちおち仕事も手につかぬわたしの動揺とひとりよがりへの皮肉な訓戒のようでもあった。
(大森光章「名門」)

1月25日に『名門』のファイルを作成し、プロバイダに送りました。直後、いつものように「人間像ライブラリー」でチェックしようとしたのだけど、『名門』が読み込めない。あれこれ試みると、『名門』だけじゃなく、現在、ライブラリーの全ての作品が読めない状態になっています。ご迷惑をおかけしますが、今少し時間をください。

大森光章作品のデジタル化は、『名門』で第一期終了としたいと思います。「人間像」作業を一ヶ月半もお休みしたので、腕が落ちていないか心配です。

 
▼ えあ草子   引用
  あらや   ..2024/01/30(火) 17:15  No.695
  なぜ「えあ草子」は大地震の直後にシステム更新を行うのだろうか?
六年前の北海道胆振東部地震の時も、その直後に「人間像ライブラリー」の全作品が読めなくなる事態が起きて、私は「これは何か今回の地震と関係があるのだろうか?」とか、けっこう真剣に考えたことを思い出す。
さすがに今度の能登地震ではそんなことは考えず、すぐに「えあ草子」だなと気がついたけれど、問題は、今度は使っている機種の方で起こりました。六年前でさえすでに絶滅危惧種だったWindows7と今のWindows11(Microsoft Edge)の間には深くて暗い溝がありましたね。使っている言葉が、いちいち何を言ってるのか解らないんだもの。
今でも、人間像ライブラリーの作品が読めなくなって困っている老人はいると思います。インターネット閲覧をMicrosoft Edgeで行っている人は、以下の方法を試してください。
https://www.pref.wakayama.lg.jp/prefg/081100/cacheclear_d/fil/cacheclear.pdf
Windows対応はとっくにうち捨てて、スマホ・タブレット対応に特化していったのが「えあ草子」だと思っていたけど、今回のWindows対応版、すごく綺麗ですね。人間像ライブラリーが若返った。



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