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No.710 への▼返信フォームです。


▼ 時を追う者   引用
  あらや   ..2024/09/18(水) 11:15  No.710
  .jpg / 35.1KB

「事情はよく知りません」
「GHQは解明した。やはり誰が企画し、誰が実行したか。その個人名、密謀が計画された日時、場所がほぼわかっている」
「さっき先生が、謀略の阻止、関係者の排除で戦争は回避できる、とおっしゃったのは、その謀略を事前につぶすか、関係者を物理的に遠ざけてしまうということですね?」
 排除という言葉が、暗殺を意味するだろうとはもう想像がついている。でも、ここではまだ、そう直截には言いたくなかった。
「そのとおりだ」守屋がうなずいた。「もちろん、この破局、この破滅に直接つながる歴史的事件はほかにもいくつか数えられる。でも、わたしたちがいま行って修正が可能な過去は、話したようにいまから二十年前ほどの過去だ」
 和久田が言った。
「二十一年プラスマイナス二年の誤差、とわたしは計算する」
(佐々木譲「時を追う者」)

昨夜から読み始めたのですけれど、その「歴史的事件」が起こったのが、今日、9月18日だったんですね。

 満州事変は、張作霖爆殺事件の三年後、一九三一年、昭和六年に起こった。張作霖爆殺事件の現場にも近い柳条湖で南満州鉄道の線路か爆破され、関東軍はこれを張作霖の息子・張学良の仕業として軍事行動を起こし、満州南半分を占領した。日本陸軍中央と政府もこれを追認した。日本政府は当初、不拡大、を唱えていたが、関東軍は翌年春までには北部満州までを占領している。
(同書)

これも何かの縁なのか。今、「人間像」第126号作業が終わり、第127号に手をかける直前のぶらぶらした数日です。ぱっと読んでしまおう。

 
▼ 倶知安町百年史   引用
  あらや   ..2024/09/22(日) 14:36  No.711
  『時を追う者』、良かった! 最近は本を出す毎に鋭く凄くなって行くような印象ですね。著作権の関係で人間像ライブラリーに挙げることはできないだろうけれど、私はいつも佐々木譲を山麓文学の巨峰だと思っていますよ。

なかなか紹介するチャンスがなかったのですけど、いい機会だから、ここで『倶知安町百年史』の〈佐々木譲〉を全文引用しておきたいと思います。使うのは『倶知安町百年史』の下巻。「第三章 倶知安文化史/第三節 詩・創作活動の歩み/三 昭和から平成へ」と来て、その「(4)推理小説と倶知安」、1123ページからです。執筆は武井静夫さん。

 
▼ 犬どもの栄光   引用
  あらや   ..2024/09/22(日) 14:39  No.712
   佐々木譲『犬どもの栄光』
 佐々木譲が倶知安町字比羅夫に移り住んで、作家活動を始めたのは、昭和六三年一月であった。
 この前年、佐々木は寒別を舞台に、『犬どもの栄光』(昭和62・8・25)を集英社から出版した。警察庁の幹部の家を爆破したという容疑者の逮捕に協力した元機動隊員が、無実となったそのグループからわけもなく追われ、警察からも見放された中、強靱な肉体と不屈の意志で生き抜いていく物語である。その主人公を命がけで守り抜こうとする元警官、寒別の澱粉工場跡で出会い、その男のなぞを迫っているうち、魅かれていく女性翻訳者らをからめて、舞台は寒別から、赤井川村の近くのログハウスへと展開する。もはや警察と過激派という図式は過去のものとなり、復讐に燃える男と、理由なき復讐に刃向かう男とのあくなき戦いが続く。やがて復讐者の最後の一人が捕われるが、主人公は殺すことができない。その男は逮捕にきた機動隊に向かって歩んで行き、撃たれて倒れるというのである。
 そこでは、しきたりやきまりや道徳が無視されている。己一人を信じて生き抜いていこうとする骨太な人間があるだけである。そんな裸の人間の行動に、かえってヒューマニティな共感が生まれるのである。
 佐々木の描く主人公は、やがて舞台を世界へと広げていく。

なぜ武井さんは無粋な要約をするのかな? 読者には迷惑。著者には無礼。

 
▼ ニセコ山麓日記   引用
  あらや   ..2024/09/22(日) 14:42  No.713
   「ニセコ山麓日記」
 佐々木譲(ささき・じょう、本名ゆずる)は、昭和二五年三月一六日、夕張市で生まれた。札幌月寒高校を卒業して立正大学に進むが中退、本田技研に勤務してのちフリーライターになった。昭和五四年一二月「鉄騎兵、跳んだ」で、第五五回オール読物新人賞を受賞、文壇にデビューした。
 比羅夫に自宅を持った佐々木は、東京と北海道とを往復して創作を続ける。比羅夫の家には、ワープロと資料類を置き、両親も呼んだ。この家のワープロから叩き出された『エトロフ発緊急電』(平成元・10・25)は、日本推理作家協会賞、日本冒険小説協会大賞、山本周五郎賞を受賞した。
 主な著書に、『仮借なき明日』、『ベルリン飛行指令』、『夜を急ぐ者よ』、『五稜郭残党伝』などがあり、倶知安にかかわるエッセイに、「帰郷の記」(昭和63・4・9、北海道新聞)、「ニセコ山麓日記」(平成2・7、小説新潮)がある。

ちなみに『倶知安町百年史』下巻の発行年は平成7年(1995年)5月です。

 
▼ 飢餓海峡   引用
  あらや   ..2024/09/22(日) 14:45  No.714
  「(4)推理小説と倶知安」の引用、続けます。また要約してる。『飢餓海峡』の愛読者(私です!)がこの要約を見たら、どんな気持がすると思う?

 水上勉『飢餓海峡』
 昭和二九年九月二六日、台風一五号は、函館に洞爺丸を沈めて北上し、岩内の中心街を焼き尽した。
 その七年後、水上勉が文芸春秋社の講演会で岩内を訪れ、雷電温泉に泊った。水上は荒々しい雷電の海を見ながら、岩内の町を焼いた男を思いつく。作品は、二九年を二二年とし、岩内を岩幌、洞爺丸を層雲丸とした。失火は放火にし、犯人に犬飼多吉を登場させた。『飢餓海峡』(昭和38・9・15)である。
 殺人強盗をし、岩幌を焼き、仲間まで殺して逃げた凶悪犯犬飼は、樽見京一郎の名で、舞鶴市の食品会社社長になっている。その名士の仮面をあばいたのが、杉沢八重の清純な善意であった。しかし、その裏づけには、樽見の青年期の足どりが必要であった。味村警部補は、その確認のために倶知安を訪ねた。
「倶知安へは、夜なかについた。昼ならば、南の方の澄み切った空に蝦夷富士といわれる羊蹄山の容姿が眺められるはずだったが、夜なので山は黒い姿を鼡いろの空にみせているだけであった。」
 味村は樽見が寒別にいたことを確かめて、事件は解決に向かった。
 ここでも寒別が、その舞台となっている。

 
▼ 有島青少年文芸賞   引用
  あらや   ..2024/09/22(日) 14:48  No.715
   ミステリーの研究
 昭和六二年の第三五回有島青少年文芸賞の佳作に、倶知安高校二年の中尾律人が入選した。それまでも、有島青少年文芸賞には、倶知安から次の人たちが入選していた。
  第二回 佳作 屋口正純(供中三年)
  第三回 佳作 屋口正純(供高一年)
  第五回 佳作 稀代由起子(供高三年)
  第一〇回 佳作 堀佳美(供高一年)
  第二二回 優秀賞 山根美由紀(東陵中二年)
  第二三回 優秀賞 山根美由紀(東陵中三年)
 中尾は立教大学に進むと、ミステリー研究会に入った。千街昌之の名で、「世界との総力戦」を『立教ミステリー』に発表、竹本健治の世界を論評した。次いで平成六年二月には、角川文庫として出版された、竹本健治の『将棋殺人事件』の解説を担当した。
 千街(中尾)は、自らもミステリーに挑む夢を持ち続けている。

人間像ライブラリーはなぜ〈有島武郎〉を扱わないのか?と、過去に二、三度聞かれたことがあります。それは、ライブラリーの作家たちで有島の作品に触発されてものを書き始めた人がいないから。有島青少年文芸賞を踏台にしてのし上がっていった作家なら知ってるけれど、それは私の仕事ではないし。

 
▼ ニセコ要塞   引用
  あらや   ..2024/09/22(日) 14:51  No.716
   SFの舞台
 SF(空想科学小説)の舞台としては、ニセコが登場する。札幌在住の作家荒巻義雄は、昭和六一年八月、中央公論社から『ニセコ要塞1986 1』を発刊する。米ソ対立の冷戦構造を下敷きに、パソコングームの手法を用いた戦争空想小説である。
 ニセコ要塞は、ニセコ連峰に造られた山岳要塞で、ニセコ航空団、稜線砲兵連隊、歩兵部隊が置かれている。東には羊蹄山要塞、北には積丹要塞があり、倶知安に第一五歩兵師団の駐屯地があるという設定で、北海道侵略軍との戦闘が開始される。
 それは、戦争を人道の問題としてとり上げるのではなく、ゲームの展開と見て、そこからもたらされる大量な殺りくを、もしかしたらありうる可能性としてとらえて、平和とは何かを考えさせる作品となっている。『ニセコ要塞1986』は3まで続いて、『十和田要塞1991』に続いている。
 ほかにも、トラベル・ミステリーに倶知安とニセコが出ている。西村京太郎『「C62ニセコ」殺人事件』(光文社)と斎藤栄『ニセコ積丹殺人旅行』(徳間書店)とである。

 ノンフィクション
 ノンフィクションには、昭和一八年三月六日、二〇八名の犠牲者を出した布袋座(北二条西二丁目)の火災をあつかった、水根義雄の『二百八名の命を呑込んだ劇場火災』(平成3・7)がある。

「(4)推理小説と倶知安」の全文、引用してしまいました。武井さんの文章読んでいたら、『時を追う者』の感動がすっかり失せてしまった。凄い効果だ。つべこべ言ってないで、「人間像」第127号作業に行けってことなのかな。

 
▼ 千街晶之   引用
  あらや   ..2024/10/08(火) 14:33  No.717
  有島青少年文芸賞のスレッドで〈千街昌之〉とあったのは間違い。〈千街晶之〉が正しいそうです。私の書き写し間違いかとも思って『倶知安町百年史』をもう一度確認しましたが、どうやら武井さんの間違いのようですね。『倶知安町百年史』も〈千街昌之〉になっていました。



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