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▼ 「人間像」第124号 前半   引用
  あらや   ..2024/05/25(土) 18:53  No.1092
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第123号作業が終わった時点で、そろそろ〈松崎天民〉の練習を始めてみようか…という気にもなっていたのですが、「人間像」第124号の表紙見てすぐに考え直した。「人間像」としては大変珍しい、表紙にメッセージが二行書いてある。

 いつかの少年 (三百四十八枚) 村上英治
 赤提灯素描 (新同人) 佐藤瑜璃

そうか、『いつかの少年』か! そして、佐藤瑜璃さんの登場! もう124号作業に突入するしかないとなったのでした。私にとっても、この「人間像」第124号は、私が初めて手にした「人間像」でもあるんですね。『いつかの少年』を読んでひどく感心したことを思い出します。

黒子 「東西、東西……、ここもとお目にかけまするは、天下に隠れもない兇賊五寸釘寅吉が胸の奥に秘めたる真実、嘘、偽りなきざんげの一幕。それをば一人芝居にて北山品評が一世一代、一生懸命に演じますれば、皆々様にはごゆるりと御観覧のほど、願い上げ奉ります」
(千田三四郎「脱獄のかなたに、遥かな愛と憎しみ」)

昔、「人間像」同人とは知らないで、千田作品を愛読していたことも思い出す。『一人芝居・五寸釘寅吉』、本日、ライブラリーにアップしました。以下、丸本明子『萎る』、佐藤瑜璃『赤提灯素描』、針山和美『娘とマダム』、村上英治『いつかの少年』と続きます。


 
▼ 赤提灯素描   引用
  あらや   ..2024/05/27(月) 16:35  No.1093
   廃線で赤錆びてしまった線路を渡り、右へ折れた路地裏に赤提灯をぶらさげた古くさいトタン屋根のハーモニカ長屋のような店が五軒、ひっそりと立っている。一番手前が焼鳥の鳥源=A二軒めに、おでん、かん酒と書いた赤提灯が下っている格子戸の前に立って葉子は、ブルゾンのポケットから鍵をとり出し、古びた南京錠をあける。
(佐藤瑜璃「赤提灯素描」)

この坂を真直ぐ上って行くと左側に赤レンガ造りのランプ屋という喫茶店があります。そこを右へ曲って少し行くとやぶ半というそば屋があって、その横の小路を入ると、古い木造二階建てのかもめ荘というアパートの六号室です。
(同書)

私、この店、このアパートの六号室…と指させますよ(笑) 『父、流人の思い出』の時は、ああ、あのあたり…といったレベルの精度だったけれど、話が小樽に入って来て、俄然、楽しみが倍増して来ました。久しぶりに峯崎さんにもこの『赤提灯素描』を送ってみよう。

 
▼ 娘とマダム   引用
  あらや   ..2024/05/29(水) 15:50  No.1094
   「子供の頃はKと言う所にいたの。知ってる?」
 マダムがぽつりと言う。
「あッ……K」
「あら、小父さんもK知ってるのね」
 女が思わず小父さんと言う。それだけ懐かしい所なのであろう。
「知ってるよ。昔の事だけど」
 と、言いながら良太の脳裡を電撃が走った。
「どうしました? 顔色変わったわよ」
「何でもないよ。そうか、Kで生まれたのか……。どうりで見覚えがある気がしたと思う訳だ」
(針山和美「娘とマダム」)

Kは倶知安。住まいはとっくに札幌に移り、時代は平成に移っても、針山氏が書くのはいつも〈倶知安〉というところが興味深い。

『娘とマダム』はとうにアップを終えていて、今、『いつかの少年』に取組中です。この作品、第124号の192ページ中、じつに130ページを占める大作ですので、いつ完了するのかちょっと予測がつかない。考えてみれば、これも〈K〉ですね。

 
▼ いつかの少年   引用
  あらや   ..2024/05/31(金) 17:10  No.1095
   映写を知らせるベルが鳴った。
 場内が暗転し、客たちがどよめいた。
 スクリーンに題名が大写しされ、片岡千恵蔵の名が出ると拍手がわいた。さだも盛んにたたいているのだ、と思い慎二は笑った。
 出演者の名がスクリーンを流れていく。
 甲胄のさむらいが白い土埃をあげてこちらへ迫ってくる。まだ顔がぼやけていた。多分ちえぞうだ。慎二は息を止めて見詰めた。そのとき、遠くに山並みが見える背景が、火を付けた紙のようにふっと変色した。映像が乱れスクリーンに静止した。不満の声が吐息と共に場内をざわめかした。拡大された写真で見るような騎馬のさむらいが、めらめらと色のない焔に焦げてめくれあがった。セルロイドの焦げる刺すような臭いが流れた。客たちが総立った。危険な臭いだった。
(村上英治「いつかの少年」)

昨夜から今朝にかけて、この、昭和十八年の布袋座火災の場面をワープロ原稿に作成していました。緻密な文章のおかげで、まだ頭がくらくらしています。私の記憶では、『いつかの少年』はこの布袋座の事件をクライマックスに完結する物語と思っていたんだけど、今回作業をしてみて、この布袋座の後も話は延々40ページ分も続く作品であることを知りました。(何、読んでいたんだか…) というわけで、ライブラリー公開はもう少し先になります。

 
▼ いつかの少年(続)   引用
  あらや   ..2024/06/08(土) 16:56  No.1096
   「慎二お前な、小説家になれよ」
 雑誌や単行本を枕元に積み上げ、微熱にうるんだ眼をして布団にくるまっている慎二を見舞ったさだが、あきれたようにいった。慎二はその時のことを想い出していた。
「小説家って蒼白くてやせてて、軀が丈夫でないんだよな。お前にぴったりださ」
 そんなふうにもいった。今からおもうとあれはさだからの精一杯、見舞のメッセージだったのだ。読書は好きだったが、考えたこともない自分の未来像だった。苦笑が途中から薄れていく。白い羊蹄山を見詰めて眼が熱っぽくなっているのを慎二は感じた。
 火の中で生きたまま死んでいったさだたちのこと。たった四年の間にあっけなく死んでいった、父や祖父、母のこと。佐渡から北海道のこの町へ移住しなければ、少年がこんなに多くの死を見ることはない筈だった。
 佐渡にいたら俺は生まれていない。
 この町だから俺は生まれたのだ。
 だから、いろんな想いをいつかは小説に書いておくべきかも知れない。慎二はいま切実にそう思ったのだった。
(村上英治「いつかの少年」)

本日、人間像ライブラリーに『いつかの少年』をアップしました。ヤングアダルトという概念もまだない時代にこのような作品が生まれていたことに驚きもし、感動もします。針山和美『三年間』と同じく、このような作品に携われたことに感謝したい。

 
▼ 「人間像」第124号 後半   引用
  あらや   ..2024/06/10(月) 16:54  No.1097
   前号は四十周年と言う事で短いものを沢山載せたが、今号は村上の長篇「いつかの少年」三百四十八枚をどかんと載せた。割と遅筆の方だからかなり時間を要した作品で、また力の入れようも激しく渾身の作と言って良いだろう。
 新同人として佐藤瑜璃が加わった。沼田流人の娘さんで今後が楽しみな存在である。
(「人間像」第124号/編集後記)

第124号はこれに尽きますね。緊張感のある楽しい作業でした。
「人間像」第124号(192ページ)、完了です。作業時間は「94時間/延べ日数16日間」。収録タイトル数は「2343作品」になりました。

http://lib-kyogoku.jp/
この後、第125号に入りますが、この号の作成作業を例に7月20日の講演用に「人間像ライブラリー」のメイキング画像をあれこれ作ろうと思っています。そのため、いつもの作業よりは時間を喰うかもしれません。
講演は開館二十周年記念の同窓会気分の依頼なのかと思って最初は渋っていたのですが、そうではない…ということなので引き受けました。極めて異例です。後にも先にもこれ一回切りと思っています。私はそれほどヒマじゃないから。湧学館でやっていた仕事と今のライブラリーの仕事がどのようにつながっているのか、お話できればと考えています。

 
▼ 針山和美第三創作集『愛と逃亡』   引用
  あらや   ..2024/06/10(月) 17:00  No.1098
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解説は朽木寒三氏。『愛と逃亡』はすでに人間像ライブラリーにアップされています。

『愛と逃亡』は、前に「人間像」に発表されたのを読んだことがあるので、あらすじは知っているつもりだった。そしてストーリー性のゆたかな小説なので、すじを知っていることは、再読に当たって感興のさまたげになるかと思った。だが、いざ読み始めてみるとたちまちとりつかれてぐいぐいと引きずられ、読みおえたあと茫然となった。以前読んだときには気づかなかった細部の綿密さがすみずみまで分かり、次から次と行く手に新しい世界が展開するのである。
 それにしてもこの一人称で書かれた告白体の小説は、明快な文章で書かれてはいるが実に複雑で微妙な作品である。主人公の、愛と憎しみ、好ましい素朴さとずるさ、内性的な暗さと楽天的な明かるさ、引っ込み思案な弱さと意外な行動力、せつないまでの自己犠牲と利己的な攻撃性、絶望の中の希望、ありとあらゆる矛盾した心情と行為の間を揺れ動き行き来するあわれな若者の魅力が、到底小説という作り物とは思えない切実さで読者の心を捕らえて放さないのだ。
 この作品をしあげるのに、どれだけのエネルギーが必要であったことか。しかも作者はこれを、重傷の肝炎で長期入院となった病床生活の中で書いたのである。作中の、異常なまでになまなましい逃亡者の絶望と希望が交錯する心理描写は、あるいは針山和美自身の心情の吐露だったのかも知れない。
 ともあれこれは、すぐれた「愛と逃亡」のドラマであるとともに、一個の心理小説としても希に見る傑作であると思う。



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