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No.1159 への▼返信フォームです。


▼ 北からの風   引用
  あらや   ..2025/02/11(火) 11:39  No.1159
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 早いもので六冊目の作品集となった。最近に限ると一年一冊の割合である。原稿用紙にして四百枚ほど、六篇だから一年間の量としては決して多いとはいえないだろう。しかし、気ままに書いて行くぶんには恰度よいペースである。無理な駆け足で息を切らしても仕方がない。
 去年の『老春』に引き続き、この集も老人物になってしまった。考えてみると「天皇の黄昏」から最近の「RVの老人」まで三年間に十三篇続けて老人ばかりを対象としたことになる。自分ながら少し「しつこいな」と思う。でも、この「しつこさ」が大事なのだと自分を納得させている。
(針山和美「北からの風」/あとがき)

六冊目か… 「しつこさ」と自嘲気味に言っているけれど、私にはとても切なく聞こえます。定年退職のあたりから憑かれたように毎号作品を発表し続けている針山さん。この『北からの風』に至っては、「人間像」の発行を待ちきれず未発表作品を三篇も加えています。時間がない。残された時間がない。2025年を生きている私は、もう針山さんの小説集はこの『北からの風』の後の『白の点景』一冊しかないことを知っています。とても切ないです。


 
▼ 山の秋   引用
  あらや   ..2025/02/12(水) 17:10  No.1160
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 教えられたとおり、国道わきの地蔵尊から左折すると、細い農道が羊蹄山の裾野にむかってのびていた。馬鈴薯畑のなかに延びるこの道は、秋の収穫をはこぶためのものらしく、二、三十センチほどもある雑草に埋めつくされていた。そして車輪に踏みつけられたところだけが深い溝になって、そこだけ土が見えている。すこし心細い思いで車を乗り入れると、案の定草が車体の底を擦りつけ、思わず腰を浮かしたくなった。おまけに道の両脇は枯れかかったイタドリやヨモギ、オオバコ、コウゾリナなどの雑草が生い繁っていて車体をこすった。倒れかかったイタドリがフロントガラスを叩いた。よほど引き返して、さっきの地蔵尊のところにでも乗り捨てようかと何度も思いながら、重い撮影器具を背負って歩く苦労を厭う気持ちに負けて、そのまま進むことにした。まだかなり先まで道が続いているようであった。
(針山和美「山の秋」)

『山の秋』、本日アップしました。久しぶりに読み返して感じ入ってしまった。針山さんが延々と書いた老人物の中でも、これはある意味隠れた名作ではないだろうか。
写真は東川町の「松田与一彫刻の館」。もう十数年前の話なので今でもあるかどうかわからないけれど、『山の秋』を読むとなぜか反射的にこの彫刻の館を思い出すのです。

 
▼ RVの老人   引用
  あらや   ..2025/02/15(土) 09:46  No.1161
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【倶知安】 二十八日午後五時三十分ごろ、後志管内留寿都村字三の原××の国道で倶知安町南×条西×丁目無職坂田俊造さん(七八)運転のRV型乗用車が道路左側の立ち木に衝突、坂田さんは頭や胸を強く打ち即死した。倶知安署の調べによるとブレーキによるスリップ跡もないことから居眠りか脇見運転らしい。
(針山和美「RVの老人」)

三の原か… ああ、あそこかな…と思えるくらいには私も走りまわっていましたね。京極にいた頃はこういう「RVの老人」みたいな人は見かけなかったな。キャンピングカーで日本中を遊び呆けるバカ老夫婦ばっかりだったような気がする。
久しぶりに彫刻の館写真を引っ張り出して来たら、なにか昔のギャラリー写真が懐かしくなりました。これは洞爺湖キャンプ場の近くにある國松明日香。

 
▼ 浅き夢みし   引用
  あらや   ..2025/02/15(土) 10:18  No.1162
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 さざめいていた湖面が、にわかに鎮まったと思ったら、そこは一面の草原になっていた。今まで前方に屹立していた真っ白な風不死岳も樽前山も消えていて、どこまでも平原が続いている。よく眼を凝らすと遥か彼方に、粘土で固めたような粗末な家が点々としている。むかしどこかで眺めたことのある懐かしい風景のような気もするが、思い出せない。省三の田舎は山に囲まれた小さな山村であったが、眼前の風景は遮るものとてない曠野である。
 ふと気がつくと、その草原の中を掻き分けながらやって来る者がいる。背の高い草だとみえて、ときどき人影が見えなくなる。はて、どこへ行ってしまったのだろうと不審に思った途端、目の前に若い女が現れた。近ごろ見たこともない粗末なモンペ姿であるが、丸ぽちゃの可愛い娘である。女はつかつかとやって来て、断りもなくドアを開けると、いきなり助手席に腰をおろした。
(針山和美「浅き夢みし」)

『省三の夢』では、ここで小説『支笏湖』のモチーフになったと思われる夢になるのだが、『浅き夢みし』ではそれをばっさりと捨ててしまって戦争中の夢に繋げたところが大英断。物語としてすっきり締まって、作業していて楽しかったです。
写真は昔の支笏湖氷濤まつり。お魚さんが可哀想だ、残酷だというスマホ・ピープルの声でこのオブジェは中止になりました。

 
▼ バブル老人   引用
  あらや   ..2025/02/19(水) 17:54  No.1163
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「いらっしゃいませ、どんな御用でしょうか」
 折り目正しい対応で躾も行き届いているようだし、顔も肢体も並以上である。さすがに儲け頭の職場だと感心しながら用件を切りだす。
「株を注文したいのだが、T社は今いくらになっているね」
 新米と思われたくなくて、少しぞんざいな言い方をする。
「ただいま調べます。当社とはお取り引きありますでしょうか」
「いや、ここは初めてだよ」
「ハイ、分かりました。有難うございます」
 そう言いながら、机上のパソコンを操作している。何秒もしないうちに、
「二十円高の八百十五円です」という。
 出来れば八百円以内で買おうと考えていたので二十円高は残念な気がしたが、一日でも遅れればドンドン上がってしまう気がして、
「それでいいよ。三千株頼もうかな」
(針山和美「バブル老人」)

という訳で、札幌駅前通りの小野寺紀子です。

 
▼ K老人の話   引用
  あらや   ..2025/02/24(月) 13:39  No.1164
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 71号の表紙絵やカットをK老人に描いて貰うことにする。若いころ東京で彫刻や絵の勉強をしたと言い、かなり自信ありげな様子なので頼むことにしたのだ。それに生活保護を受けている人なので、少しでも謝礼すれば喜んで呉れると考えたからでもある。簡単なものでいいと何度も言ったのに、見ていると誠にこまごました支那風の山水画を描いている。K老人の風貌にはふさわしい絵であるが、『人間像』という誌名にはそぐわない感じに思える。
 (中略)
 もうこの頃になると私とK老人のあいだはかなり打ち解けていて、たがいに我がままも言いあえる仲になっていたようだ。
「なにせ、おれの習ったのは中国の山水画だからよ、ピカソみたいな今風のを書けと言われても、それは無理と言うもんだ」
(針山和美「K老人の話」)

その、第71号表紙です。

本日、単行本『北からの風』作業、すべて終了しました。作業時間は「64時間/延べ日数15日間」でした。内地の大雪が凄いので言うのも気が引けますが、小樽もそこそこには雪かきの毎日でいつもよりは日数がかかりました。窓から見える海はやや碧がかって春先のような様相です。



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