| 火をつけた。紫の濃い煙が光りの中で渦を巻き、縞もようを描き、一瞬、馬や犬や人の顔の形をつくって、消えた。何となく〈煙っていいなあ〉と思った。煙は、どんどん空へ昇っていってしまいには、雲にのりまたがって世界中を駆けまわれる。ひょっとすると、太陽や月や星の国々にさえ行けるのかも知れない。米の値段や貯金帖のことを心配しなくてもいいし、何より、簿記だとか算術などで顔をしかめなくてもいい。 炭火が赤々と燃えパチパチはねる。煙が終ってこまかい白い灰が火気にのって飛びあがっては、落ちる。 切り炉へ火を移しているうちにふと、窓のないあの部屋をもう一度はっきり見ておこうと思いついた。私の創りあげた立派な少年の住む部屋だ。
古宇伸太郎『漂流』のラストを書き写していて涙が出た。「私の創りあげた立派な少年の住む部屋だ」という最後の一行が小説家・古宇伸太郎の人生を見事に暗示しているように感じました。 第92号に『漂流』第七回というものはありません。追悼号ということで、『漂流』は第一章から最後の第百四章まで全て起こし、更に息子・福島昭午氏の「註」が付けられています。追悼号ですから、これはこれで人間像同人会のとる態度として正しいのかもしれませんが、私には、「私の創りあげた立派な少年の住む部屋だ」で止めた方が余韻が残ります。そこで、「註」の入らない『漂流』第七回を独自に作らせてもらいました。 お盆の入りの日に『漂流』が間に合ったこともなにかの縁でしょうか。福島さんの初盆に。
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