| 新聞記者なら、もう一人知ってるよ。
お嬢様派出所を狙ふ 色内町は四十四番地丸和乾物店の主人は元手宮辺にて筑港に雇はれ来りし石工なりしが、上部の営業計りでなく心までセメントで堅めた甲斐は近来メキ/\と身代上り行くに従ひ、以前の股引半纏はスツカリ小樽の海へ捨てゝ仕舞ひ専ら海陸物産商に手を出せしが、運の可い時は何処までも可いものにて日増に太り行く身代に一家の喜び一通ならず。屋号も丸和と称へ一族平穏無事安泰に暮し居るのみにては三面記事にならぬが、満れば欠くる世の習、此処の娘におうめ(一七)と云ふ一見廿歳計りの美形あり。其の心掛けも中々親父に譲らざる程の勉強女にて、昼は稲穂町の裁縫教授所に通ひ夜は付近の夜学校にての学問、それは/\感心な娘なれども、元より木で拵へたおうめ様ならず、何時しか人の情を知り初めてより紅お自粉に浮身をやつし打つて変つた近頃の素振に親父も眉を潜めそれとなく探険つて見れば、去る派出所の巡査某と唯ならぬ仲となり毎夜の学校をぬきにして然るそば屋の奥二階にてトンダ教授を受けて居ると解り、或る日娘の親しき友人に色々云ひふくめ内々意見を施して見たが中々聞かばこそ、矢も楯も通つたものにあらず、何がどうなるとも此の意中の人と添はねばならずとて、昨今二百三高地を振り立て/\派出所の前を日に幾回となく通過して居るとか。 (石川啄木「小樽のかたみ」)
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