| 『父・流人の思い出』はあまりにも新発見に溢れているので、手打ちワープロ作業と同時進行で、読書会BBSでもメモを取り続けるつもりです。人間像ライブラリーの方では「工事中」の形で出来上がった章から順次アップしてゆく予定です。
父は二十三年前の晩秋、夕食のテーブルに届いたばかりの夕刊をひろげ、荒城の月≠ハミングしながら、大好きな水割りを飲みほすと、急にせきこんでどっと倒れ、そのまま息を引きとったのですから大往生も見事すぎました。それは、いかにも父らしいあっさりとした幕切れでした。 (第一回/わが心の沼田流人)
父の左手は、父が十九歳の時働いていた、マッチ工場で機械にまきこまれて大怪我をして切断してしまったのだという。母が涙ぐんで話してくれた時、小学生だった私と姉はくやしくてしゃくり上げて泣いた。 (第一回/かた雪の朝)
まずは典型的な今まで流布された〈流人〉伝説。「ウイスキー」「荒城の月」は葬儀の際にでも語られた公式見解なのでしょうか。これについては、『父・流人の思い出』最終章あたりで瑜璃さん自身が訂正しています。「働いていたマッチ工場」については、語る相手が小学生の娘のため母・マツヱが脚色したのでしょう。この時の経緯については、今後デジタル化を考えている大森光章『このはずくの旅路』に詳しい。
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