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汽車が止まると乗客たちがひとり残らず下車してしまった。寒寒とした材木くさい駅であった。駅員に訊いてみると、そこが終着駅で、あとは上りがひと列車あるだけ、下りは翌朝までないという話だった。わたしは下りで、もっと先の鉱山町までゆく予定だったから、行先をよく確めないで乗っていたわけだが、急ぐ旅でもなかったので旅館に一泊することにした。ところが、その旅館が一軒もなかったのである。途方に暮れているわたしをみて、駅員は、二里ほど先の村落に木賃宿があるからそこへいって泊めてもらったらどうかといい、そこへゆく道順を教えてくれた。 (大森光章「凍土抄」/「安産」)
降り立った駅は「京極駅」。もっと先の鉱山町が「脇方」。二里ほど先の木賃宿とは「沼田仁兵衛」がやっていた木賃宿。
大森光章氏を『このはずくの旅路』の作家と捉えると、そのスケールの大きさを見誤ってしまいます。大森氏の名誉のためにも、ライブラリーのバランスをとる意味でも、心に残った名作をいくつか紹介させていただきます。
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