| 「奉公はやめにしたなんて、じゃあ、どうするんですか」 「申し訳ないんですが、おせわになりついでに、あと十万円ばかりつけ加えて貸してくれませんか」 あまりのことに怒るかと思ったら、高桑さんはむしろ興味津々のていで、 「つけ加えてもう十万とはまた、野島さんあなたも相当な度胸ですね」 と笑いだした。 「次第によってはご用立てもしますが、十万といえば、ちょっとした庭つきの家が何十軒も買える大金ですよ、それを承知で所望なされるんですか」 「もちろん大金なのは十分知っています」 「しかしあなた、西も東も分からないこの土地で、一体何ができるんですか」 「いやー、そのことだったら、いまのお話にあった川北の下請けをさせてもらいたいと思うんですが」 「宿銭も払えない人が工事請負をねえ」 「ですから、当座旗揚げの資金を貸してくれませんか。なんたって土方を集めるにもとりあえず十万ぐらいはいりますし」 (平田昭三「たこ部屋ブルース(2)」)
連載二回目の中盤にして漸く始まる〈タコ部屋〉話。それまでの野島要三の人生を見てみると極めて異例のタコ部屋親方であることを感じる。こんな親方もいたのね。斎藤昭と同じく、朽木さんが書いたら、それは小説の中の「事実」なんです。
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