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No.744 への▼返信フォームです。


▼ 風のページ   引用
  あらや   ..2025/03/16(日) 17:37  No.744
   その日、みどりが降り立った札幌駅は、夏の終りの饐えた匂いが漂い、薄暗い洞窟のような構内には疲れた目をした人々が群れていて、立ち止る事もできないままみどりは出口へと押し流されてしまった。駅前でタクシーに乗ろうと思っていたのだけれど、みどりはなんとなく雑沓にもまれて歩いていた。どこまで行っても人の波はとぎれる事がない、ビルの谷間をひんやりとした風が吹きぬけていった。おひる少し前の大通公園は、思っていたほどのざわめきもなく、みどりはベンチに腰かけてホッと一息つくと、鞄の中のノートにはさんでおいた古い手紙の封筒をとり出してみた、中身はない。「中央区南七条 西十丁目アカシアハイツ二○三 石川三枝」。近くの交差点の表示からすると、ここから、そう遠くはないと思われる。汽車で二時間程のK町に住むみどりだが、一人で札幌へ出て来たのは、高二の今日がはじめてだった。
 みどりは今日、小学校五年だった自分を捨て、年下の男とかけおちしてしまった母をたずねて逢うために父や義母にだまって学校を休み札幌へ出て来たのである。
(佐藤ゆり「風のページ」)

佐藤ゆり『風の中の羽根のように』(叙情文芸刊行会,1992.7)は九つの短篇を集めた小説集。その巻頭に『風のページ』を持って来た気持ちがなんとなくわかるような気がします。すすきの界隈の描写が巧い。佐藤ゆりさんの句読点の打ち方は一風変わっているのですが、その句読点でさえみどりの心象を現すのには適っているように思ってしまう。私は好きですよ。


 
▼ 十字架   引用
  あらや   ..2025/03/16(日) 17:45  No.745
   美奈はふと思い出した。少女の頃、いつも祖母と歩いた森の中の枯葉の道。
 今はもうゲレンデの下に埋もれて、あとかたもないニセコアンヌプリの麓の熊笹の中に、おきざりにされたような部落で美奈は生まれ育った。今思うと、アパルトヘイトのような感じもするけれど、みんな仲よく助け合って、のどかに暮していた。
 美奈は四季を通じて祖母や部落の人達と森へ行き、薪木を拾い、山菜を採り、木の実を採った。みんな貧しかった。食生活の大半は森や野山から採ったものだった。祖母は森へ入る時、きまって「シリコロカムイ」(木の神様)と呟いて、てのひらを天に向け頭を深く下げた。
 娘ざかりは部落で一番のピリカメノコ(美しい娘)だった祖母の名はアイリン。
(佐藤ゆり「十字架」)

短篇だけど、きちっと締まった展開に目が洗われるようだ。汚くうす気味悪いニュースに取り囲まれて毎日を生きている私には、こういうニセコアンヌプリの麓の物語が必要だったのだと心底思った。私には札幌と小樽の対比が面白い。

 
▼ 風の中の羽根のように   引用
  あらや   ..2025/03/16(日) 21:17  No.746
  .jpg / 58.6KB

『十字架』を読んだ後で『風の中の羽根のように』や『星の国から』を読むのはちょっと辛かった。アイデア倒れと感じました。
いつもなら表紙の画像くらいは付けるのですが、この本、所蔵しているのが北海道でただ一館、道立文学館だけなんですね。で、道立文学館は写真撮影やカラーコピーを受けつけていないので諦めました。まあ、文学館で資料の閲覧やコピーができるだけでも有難いことなのですが…(考えてみたら珍しい文学館だ) 表紙の代わりに芸術の森美術館の入口にあったオブジェです。ちっとは〈風〉っぽいかなと(笑)
昨日、札幌市民交流プラザで行われた講演『北海道・謎の彫刻史』の帰り道、道立文学館にも寄って『風の中の羽根のように』の後半五篇をコピーして来ました。ライブラリー公開を急ぎます。

 
▼ 終点   引用
  あらや   ..2025/03/18(火) 17:36  No.747
   あの人はいつも土曜日の午後になると、うす汚れた灰色のジープに乗ってやってきた。泥だらけのこともあった。ジープが小さく見えるくらい大きな身体にカーキ色の作業服をいつも着ていた。あの人は道路工事の現場監督で、父の部下だった。葉子が中三、弟が中一の晩秋父は工事現場の事故で死んだ。泣きくずれ、おろおろするばかりの母をよく助け、葉子たちにも力づけてくれたあの人は二年後母と結婚した。生前の父の上司の世話であった。父が大好きだった葉子はあの人を絶対に父親と認めなかった。
(佐藤ゆり「終点」)

話の流れの途中から突如「あの人」が登場する。逆断層みたいな進行なのだが、これが意外とロックしていて私は面白く読みました。同じ逆断層技でも『裏窓』はよくわからん。

 
▼ 帰郷   引用
  あらや   ..2025/03/20(木) 18:05  No.748
   夕暮れのビル街に降る雪は灰色だった。やがて深まる暗い冬を想い煩うように、誰もが無口で、肩を落して行き交っていた。
 家路を急ぐサラリーマンの波が黒く長く、うねりながら遠ざかると、地下鉄ススキノ駅には夜の花が、にぎにぎしく咲き乱れる。なまめかしい和服に厚化粧、きらびやかなドレスに、ふーんわりとした毛皮のコート。そうかと思えば普通のOLのような感じでDCブランドスタイルの若い女性、みな夜の職場へ急ぐママやホステス達だ。ホステス不足を反映して、女子大生のバイトや、ヤングミセスのパートホステスなど、プロやセミプロ、ノンプロが華やかにブレンドされて、おびただしい数の女、女、女が、電車が止るたび、ひしめきあいながらはき出され、花吹雪のように散って行く。ひととき吹き荒れた消費税反対の嵐も、時の流れと共になんとなく静まって、不夜城の林立するススキノは年の瀬を迎えて再び巨大歓楽街の喧騒をきわめている。
 昨夜までのセンチメンタルな思いをふっ切って、今宵、祐子は足どりも軽く、〝お店〟へ向って歩いた。無力な女をこばかにしているようなネオンサインの点滅も、もう気にしない。
(佐藤瑜璃「帰郷」/「人間像」第128号)

 夕暮れのビル街に降る雪は灰色だった。やがて深まる暗い冬を想い煩うように、誰もが無口で、肩を落して行き交っていた。
 昨夜までのセンチメンタルな思いをふっ切って、今宵、祐子は足どりも軽く、〝お店〟へ向って歩いた。無力な女をこばかにしているようなネオンサインの点滅も、もう気にしない。
(佐藤ゆり「帰郷」/『風の中の羽根のように』所収)

「人間像」にはあった、やや饒舌な部分をばさっと削ぎ落として、全体に筋肉質の『帰郷』になりましたね。私はどちらも好きですよ。単行本の『帰郷』は、北原ミレイの『石狩挽歌』みたいな存在になったと感じました。



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