| その日、みどりが降り立った札幌駅は、夏の終りの饐えた匂いが漂い、薄暗い洞窟のような構内には疲れた目をした人々が群れていて、立ち止る事もできないままみどりは出口へと押し流されてしまった。駅前でタクシーに乗ろうと思っていたのだけれど、みどりはなんとなく雑沓にもまれて歩いていた。どこまで行っても人の波はとぎれる事がない、ビルの谷間をひんやりとした風が吹きぬけていった。おひる少し前の大通公園は、思っていたほどのざわめきもなく、みどりはベンチに腰かけてホッと一息つくと、鞄の中のノートにはさんでおいた古い手紙の封筒をとり出してみた、中身はない。「中央区南七条 西十丁目アカシアハイツ二○三 石川三枝」。近くの交差点の表示からすると、ここから、そう遠くはないと思われる。汽車で二時間程のK町に住むみどりだが、一人で札幌へ出て来たのは、高二の今日がはじめてだった。 みどりは今日、小学校五年だった自分を捨て、年下の男とかけおちしてしまった母をたずねて逢うために父や義母にだまって学校を休み札幌へ出て来たのである。 (佐藤ゆり「風のページ」)
佐藤ゆり『風の中の羽根のように』(叙情文芸刊行会,1992.7)は九つの短篇を集めた小説集。その巻頭に『風のページ』を持って来た気持ちがなんとなくわかるような気がします。すすきの界隈の描写が巧い。佐藤ゆりさんの句読点の打ち方は一風変わっているのですが、その句読点でさえみどりの心象を現すのには適っているように思ってしまう。私は好きですよ。
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