| 「へえ、ほんとにきつねだったのかねえ。尻にたれさがってるの太かった? まさか、しっぽのない頭の黒いきつねだったんじゃないだろうね。なんだか怪しいなあ、山へ入ったらなんて言って」 ママは、まだ竹岡をからかいたい様子だった。 その時、うつ伏したままの田代老人が突然かすれた声をあげた。 「きつねなんかおっかなくないぞ、きつねなんかでおれをおどかそうってのか。この野郎。ばか」 この一年行きつけのこの店で、いつの頃からか竹岡はたまたまこの老人を見かけるようになっていた。四十なかばのママにとっては、ゆずり受けてこの店を始める以前、クラブに勤めていた時分から知っている、どうやら苦手な客のようであった。 (菅原政雄「黄色い花」)
いやー、『黄色い花』、よかった! 北海道文学全集の『残党』に興味を持って、市立小樽図書館にある菅原政雄著作を全部借りて来て読んでいるのですが、『風の向こうからの声』(檸檬社,1981)ラストの『黄色い花』にガーン! そういえば、『残党』のイントロもこれだったな。
元次郎の末娘の中学生が戸を細くあけて、「とおさあーん」と呼んでいる。それを見て多美さんは元次郎の頭を少し乱暴にこづいている。すると、髪の薄い脳天がまるでふざけているように調子よく左右にゆれるのである。 「ねえガンジーさん、帰りましょう。アコちゃんが迎えにきているよ。かわいそうに、この寒いのに」 元次郎はいびきをかきはじめる。 「また、たぬき寝入りなんかして」 と言って元次郎の頭をパチンとたたくと、娘の方に声をかける。 「アコちゃん、もうすぐ帰るから先に行ってな」 (菅原政雄「残党」)
呑み屋の酔っ払い老人は、菅原ワールドの鉄板。
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